薄紅に恋焦がれ

咲かせて魅せましょう今夜

滝沢歌舞伎ZERO2021・鼠小僧の結末とSnowManへの想い※ネタバレ有

※本文は、第2幕鼠小僧のネタバレを含みます。ご注意ください。

 

鼠小僧、今の世相と彼らの思いを強く強く、反映していると感じた。

何故なら、鼠の幻想はどこにもいないから。新吉が鼠の面影を追い求めるのではなく、"拠り所"のようにしていた。そして、黒影組の怨念の矛先がおもむろに以蔵に向いていたことも昨年との大きな違いだった。
確かに、今年も新吉vs黒影組(官兵衛、半兵衛)という構図は大きくは変わらない。だが、昨年新吉に向けられていた怨念、そして新吉の前に幻想として表れていた鼠に代わり、新吉が胸元から取り出した小判=夢 を撒く。なんかもうたまらんやん!?(語彙力)

"桜は散るのではなく、舞うのです"

鼠小僧が昨年と今年で違うのは情勢を表していて、ジャニーズが、エンタテイメントが、現状に立ち向かう様子なんじゃないか、ということ。

新吉を中心にすすむこの芝居で、以蔵が殺されず、膠着状態から新吉が小判を撒いて終わるということは、まず誰も死んでいない。まだ物語は終わっていないということを指している。

去年バドエン=コロナという未曽有のパンデミックにまだ勝てはしない。鼠が現れて小判を撒く走馬灯、「鼠、お前らしいな」という全員がハッピーエンドという新吉の理想郷はコロナに打ち勝つという"今は描けぬ未来"を描いていたのでは?来年は死なんといて…て何回も見ながら思ってましたハイ

今年=半兵衛と官兵衛は以蔵と戦い、ピンチではあったが決して負けてはいない。そして、そこで新吉が撒いた夢小判。パンデミック、それに勝った未来は新吉自身が掴んでいるものであり、"終わらねえぞ"”(アフターコロナの未来を)創り上げていくぞ”というめちゃくちゃ強いジャニーズの、タッキーの、SnowManの意思を感じられた。

エンタテイメントの灯を絶対に絶やさず、夢を与え続ける。

 

もう一つ。

今年SnowManは2年目。19年、舞台を受け継ぎ、20年、デビューし、今年21年。タッキーの思いを受け継いだだけでなく、「伝統を継承する」「後輩に受け継いでいく」という、舞台を完全に自分たちのモノにした、ということを更に強く感じられた。

だから、もう「鼠」はいなくて、小判を撒くのは新吉なんだ、と。

 

 

本当にかっこよくて、美しくて、綺麗で、感動した。

本人たちに直接「かっこいいよ」「綺麗だよ」「ありがとう」を届けたくて。

でも、拍手を届けられないのが本当に本当に悔しい。

 

とにかく、本当にかっこよくて美しかった。

ありがとう。

 

あべが「生きる糧になったら」と幕間インタビューで言ってたけど、私にとってSnowManは、明日を生きる活力で、道標なんです。

明日すらもわからない現状でSnowManがいてくれることが支えになってる。

SnowManみて、自分ももっと頑張ろうって、前途多難で心が折れかけている現状でも、今自分も頑張ろう、って、強く想っている。「生きる糧」になっているよ。

SnowMan、ありがとう。大好き。